製作の動機
この機体が生まれたのにはちょっとしたエピソードが有ります。それは実機航研機の資料を求めて日野自動車21世紀センター(八王子市)を訪ねた事に始まります。 長野市出身の工学博士で『エンジンのロマン』(プレジデント社)の著者でもある日野自動車社の元副社長鈴木孝氏の案内で、そこに展示してある五分の一サイズの航研機ソリッドモデルとBMW9型エンジンを見学に行ったのです。そこで実際に模型を製作した同社の細矢氏から航研機の資料をいただきました。日野自動車は航研機を作った東京瓦斯電気工業株式会社の後身でもあるので、先人の遺徳を偲ぶ意味で航研機の模型が展示されているのです。
揚抗曲線 |
私はそこで初めて航研機の翼型の揚抗曲線を見たのですが、それは別図に示す通り特異なものです。これは航研機の翼端部分の翼型で、実機ではねじり下げと組み合わせて使われました。この図からきわめてゆっくりとした失速状態が読み取れますし、抗力係数の増加がゆるやかですからこれを模型に導入すれば貧弱な推力でも良く飛ぶ失速しにくいものができる筈です。となれば、スイッチひとつですぐ飛べる安直な電動機の特質を生かした性能良い入門機ができると直感したのです。
設計のベースは本誌1994年2月号に発表した『チェックメイト』ととし、電動モーターと小型エンジンの両方の互換性パワーを持った狭い空域でも楽しめるアドヴァンストレーナーとして、開発に取りかかりました。
注記 揚抗曲線について、模型化した場合はレイノルズ数の関係で揚力係数は小さくなり逆に抗力係数は大きくなるので性能は低下するが失速特性とか風圧中心の移動などの癖はそのまま引き継がれると考えられる。特筆すべきは抗力係数が特に小さい点にある。
設計について
小型入門機の場合はクラークY類似の翼型が良く用いられますが、この翼型にはパワーと抗力との相対バランスが崩れた場合、縦の操縦性が困難になってしまう欠点が有ります。それを直すには機速が変化しても風圧中心が移動しない翼型が求められるわけで、実機には無尾翼機に用いられるSカンバー翼型をこうした目的に使った設計例があります。
小型模型の場合では、逆に静安定が強くなり過ぎて操舵レスポンスが悪くなりそうな気がしますし、一般にSカンバー翼は揚力係数が小さいので、空気が薄いこちらの飛行条件には適さないと思いこれまでやってみませんでした。この点、航研が開発した翼型は風圧中心が移動しない高揚抗比翼型ですから、模型に用いても問題ないはずです。
実機航研機から導入した設計がもう一点有ります。それは推力線と翼の取り付け角の関係です。模型飛行機では普通、水平尾翼取り付け角を0°としてそれに対して主翼何度、スラスト何度という言い方をしますが、航研機ではスラストラインがプラス1°9分、主尾翼が各々プラス3°です。『チェックメイト21』ではこれをもじってスラスト0°、主尾翼各々プラス2°としました。これで離陸し易くなります。読者のようなモデラー諸氏はあまり気にしないでしようが、模型をよく知らない人は離陸出発にこだわるものです。
製作について
本機の性能は翼型の選定にありますから、これをできるだけ正確に作る工作が求められます。翼の上面に逆アール部分があるので 従来のリブ組被覆工法ではうまくありません。そのため今回初めて発砲スチロール材から自分でコアを切り出しました。
写真1 |
フォームコアの切り出しは、そのための設備を含めてある程度経験が必要ですから、うまく切るためには経験豊かな著者による別の資料を参照して下さい。
このような小型機にフォーム翼を用いる場合はフィルムを直張りしないと軽くできません。低温で張れるということでオラカバライトを使いました。その結果バルサのリブ組み翼と同じ重さで仕上がりましたし、全面に密着させればねじり剛性も十分です。他は普通のバルサ構造です。
エンジンの取り付け部分は、エンジンとモーターとが簡単にのせかえられるよう工夫しました。(写真1参照)400級モーターとサンダ−タイガーGP07エンジンの重さはほぼ同じなので都合良いです。
電動モーターについて
今回初めて電動モーターを用いてみましたが、エンジン機に慣れ親しんでいるため故の戸惑いをおかしく感じました。とにかくできるだけ簡素な仕掛けということで、マブチR380を600ma、7 セルニッカド電池、直結ペラ仕様で使いました。この条件だと着陸時のスロットル操作と実際の飛行速度がずれるように感じられて初めは思うように機を誘導できませんでした。モーターの回転を絞ると音がしなくなるのでパワーの程度がつかめないのです。逆に、普段は意識しないでもエンジン音からいかに多くの回転情報を得ているか気づかされました。
写真2 |
無論、ギヤダウンしてプロペラを大きくすれば飛ばし易くなります。この辺のノウハウは開発仲間の才川氏が研究してくれています。
電動機を良く飛ばすためにはプロペラの選定も大きな要素です。こちらのテストでは古い型の木製ぺラを適当に削り直した方が、市販されているナイロンペラをそのまま使うより良い性能を示しました。
新奇な試みとして直結プロペラ用フロントハウジングを作ってみました。(写真2参照)これは回転中のモーター軸にみそすり運動状の振動荷重を与えないよう考案した仕掛けです。プロペラ効率を良くするためには左右のピッチをそろえて、軸に対しての各翼素が通る直角面をキープして回す事が重要です。もしプロペラを回転軸に直接取り付けると、市販モーターの軸では細くて強度上の無理があると考えられます。
エンジンについて
前述の通り、本機に採用したサンダ−タイガーGp07エンジンはスロットルの性能が優れていて中低速を多用するこのような用途に好適です。ただ、常用回転数を15000rpmぐらいに設定した設計がなされているので、トルクを期待する10000rpm以下での使用については、手を加えてさらに使い易く直したほうが確実に回せます。これがいわゆるディチューンと言われる技術で、そのポイントはケース内の一次圧を高める事と冷え過ぎによるミスファイヤーを防ぐことです。詳しいやり方は当研究室発動機部にありますが。、その程度はグローでは7インチペラを10000rpm、ディーゼルでは8インチペラを10000rpmといったところです。
電動 VS エンジン
本機のような同型機で比べると誰が考えてもエンジン機のほうが高性能だと思うことでしょう。小諸地区のような標高が高いところで飛ばしているとそれは歴然たる事実で、電動機の利点はパワーオフによるソアリングができる事ぐらいなものです。ところが過日、尾島RCスカイポートでテストしている時に面白い事に気づきました。
それは入門者の操縦練習を想定して低い高度で飛ばしていたときです。高度2mぐらいで突然エンストならぬモーターストップとなりました。機体が遠かったので電池切れの警告音が聞こえず、普通に飛んでいたので電池が限界まで弱っている事に気付かなかったのです。これが小諸クラブの飛行場なら、その前に全く上昇できなくなるので電池切れ状態に気付かないはずは有りません。そこはそのまま180°旋回して滑走路に入れました。
ということは、尾島のような空気が濃いところでは特に上昇力やスピードを求めない限り電動で十分なパワーだという事です。入門者の操縦練習に限って言えばエンジンが持つ過剰なパワーは有害とさえ言えるでしょう。性能面で遜色なければ、電動かエンジンかの選択はかかる費用とか取り扱いの難易度、飛行の雰囲気などの文化的背景、つまり個人の好みにまかせられるのです。
飛行テストレポート
現在までにチェックメイト21は400級モーター直結とギヤダウン仕様、サンダ−タイガーGP07のグローとディーゼル仕様、それぞれエルロンなしラダー機と4チャンネルエルロン機を試しました。
動画 |
低空での急旋回でも高度が落ちなくて安全に飛ばせるのがラダー仕様機で、ロール軸が通るのがエルロン機という当たり前の結果でしたが、面白いのは失速特性で、普通完全に失速させると機首を真下に下げて再び機速がつくまでは舵がきかないものですが、この機では着陸速度でエレベーターを引いたままにしていても普通の失速に入らず、機首上げの姿勢のまま降下して来ます。さらに大きく動かすともっと深い角度で降下しますが、さすがにこの状態ではふらふらと機首を振ります。しかしそれでもラダーが利くのは不思議です。また、8インチプロペラを付けたエルロン仕様機をスポイラーモードにすると猛禽類がねずみを取る時のような降下を見せます。
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